いない人の気持

昭和中期、戦後生まれのある女性Aは、不倫相手との子供を二人産んだ。
周りは、やんややんやの大非難。
その女性の姉B。見合い結婚をして正式な子供を二人産んだ。
今、Aさんは、息子さんは逆玉の輿婚で左団扇(表現が昭和、、、)。
勉強よりも、女性に対して能力を発揮したらしい。
そしてAさんは娘一家と住み、孫にも恵まれ安定の老後。
(その後、自分の住まいを娘一家に明け渡し、自分は一間の賃貸暮らしと聞く。
他から見えるものと、内側、色々あるんだろう)
一方、Bさんは、娘二人、一人は既婚、一人は婚外恋愛、二人ともノーキッズ。
つまり、非難轟々のAさんと、祝福されたBさん。この姉妹、半世紀後は?
子供を産んだモノ勝ちとは言わないが、子供ははっきりカタチとしてわかる。残る。未来に繋がる。
だが、あまり、子供、子供、と無神経に騒ぎたてると、悲しい思いをする人は必ずいる、デリケートな問題だ。

姑は、自分に子供がいるので、それが当たり前と思い(プライドにもなっていると見受けられる)、子供のいない人の気持ちや、状況、事情が全くわからない。
理解しようともしない。
自分の身に降りかからないことは、すべて、全く関係がない。別の世界。想像力が欠如している。
が、自分の身を守るための知恵である。
デリカシーのない発言をズケズケしていたが、戦中派だからまああんなものかと、時代背景から想像する。
と、非難するでも擁護するでもない、わたしのズルい立ち位置。
(ぺこぱ、好きだ?)

と、文字数ばかりが増えている。
早く、〆ないと。
さあ。さあ、さあ、さあ。(掛け声ばかり、、、)

恋愛は、一人ではできない。
が、マイナスになるようなものなら切るとよい。
ひょっとして、相手が泣いてすがって、別れないでくれ、と言ってくるかも。
そこで、ズルズルいくのか、スカッとスッキリさせるのか、本人が決める、、、とは言うものの、情に流されることもあるだろうし、いや、それではまた悶々とした日々、、、
なんて、ぐるぐる、元の木阿弥。
理性と感情の出口のない、終わりない闘い。

流れに任せたら良いと思う。
自分のこころの声を聞いて、そのままに動く。
あとは神様に任せちゃえ!
丸投げは、楽で良い。
悪い結果になったとしたら、神様を逆恨みしたらよいのでは。
無神論者のわたしは、お気楽)

なるようにしか、ならない。
なるように、なる。

わたしの恋愛論、お粗末過ぎて笑える。